四元壯

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歳を重ねれば重ねるほど学ぶのは難しくなるけれど

今月は、少し沢山お休みをいただいた。理由は、音楽の学校に通って、短期集中でみっちり勉強したから。4日間、朝の9時~23時まで缶詰状態。その間、エネルギーゼリー飲料と甘酒しか摂取しなかったのも手伝ってか、講義を受けている最中に眠くなることはほとんどなかった(少しはあった)。講義の中では、結構知ってること、ちょっと知ってること、全く知らなかったことがさまざまで、講義中に意識したことは「知ってると思うな。出来てると思うな。」ということだった。皆様のおかげで、音楽で何とか食べられるようになって2年以上になる。この間、お金の為のアルバイトは、本当に1回もしていない。(本気でやばい時もあったんだけど笑)だから、正直、「音楽で食ってんだぜ!」というプライドはなくもない。ちょっと話はそれるけど、プライドって難しいよね。ありすぎてもダメだし、なさすぎてもダメ。自信がないのは絶対ダメだけど、ありすぎてもダメ。そこらへんを良いバランスで持ち続けられれば、かっこいい大人でいられるのかな、と思ったりしている。話を戻して。で、「音楽で食ってんだぜ!」というプライドはなくもないけれど、今回は俺は「人から教えてもらう立場」だった。何か漫画で読んだのか、人に言われたのか、または自分が感じたのか忘れたけれど、人から何かを教えてもらう時に一番邪魔なのは、”プライド”だったり”俺は知ってる/出来てる”という態度だと思っている。だから、今回は「自分は知っている。自分は出来ている」と思わないことを心がけた。だって、本当に「知って」たり、「出来て」たりするなら、なんでここにいるの?何かが足りないからここにいるんでしょ?と、思う。実際、教えてくれた方たちが、俺の態度を見てどう思ったかはわからないけれど、「こいつに教えるのめんど」とはなってないんじゃないかなと思う(願う!)そして、人は、多分ほとんどの人は、歳を重ねるごとに、プライドを捨てる(隠す)ことが出来なくなる。謙虚な姿勢ってのが、難しくなる。だから、”最新”を知っている若者が、「このおっさんには教えたくねーわ」と教えてもらえなくなる。何も情報をくれなくなる。そうすると、どんどん過去の遺産(知識)だけで生きていくことになって、さらに頑なになっていく。それって、本人にも周りにも、絶対良くないことだよね?歳を取れば取るほど、学ぶのが難しくなるのは、脳みそが衰えていくからではないと思うんだよね。もちろん、それも多少はあるだろうけど。それ以上に、「捨てられないプライド」だったり「持てない謙虚さ」が、学べなくしているんじゃないかなって思う。日本は、大人になって学ぶことがあまり一般的じゃないから余計に難しいような気もするけれど、大人になってからも、自分が好きなことや、興味を持ったことに、お金と時間を払って学んでる大人を、俺はかっこいいな、と思うし、好きだなって思う。年下に教わって何がかっこ悪い?何にもかっこ悪くない。俺も40代になっても、50代になっても、自分が学びたいと思ったら学びたいし、年下だろうと尊敬した人に教えを請える大人でありたいな、と思う。一生勉強。一生現役。そうありたいですね。

四元壯の幸せ

「幸せ」って具体的にどういうことか。それって普段あまり考えないし、考えてみたところでどうもしっくりこないことが多い。でも、今日ふと、自分の幸せとはこのことだな、ということに気がついた。今、本当に楽しい毎日を送らせてもらっている。流しをさせてくれるお店があり、お店の人たちがいて、伴奏を依頼してくれる人たちがいて、流しをよしとしてくれる奥さんがいる。そして何より、リクエストをしてくれるお客さんがいる。それで僕は、僕の人生が成り立っている。はっきり言って、どれかが欠けても今の自分は成り立たない。だから、本当に感謝しかない毎日だ。そして、何より、何が「四元壯の幸せ」かというと、今関わらせてもらっている、ほぼ全ての人たちを尊敬している、ということ。つまり、「尊敬する人たちと、日々を過ごせている」ということが自分にとっての幸せなんだな、ということ。流させてもらっている大庄の人たちは、愛社(愛店)精神がすごくて、いつも元気だし、週プレ酒場と週プレの人たちも仕事への愛や意欲がすごい。今日行かせてもらった歌舞伎町のお店のマスターも、お店とお客さんをすごく大事にしていて、まねきケチャの人たちは、僕なんか想像もつかない場所へまさに今羽ばたいているし、イベント一緒の石橋さんは、本当にMCが(僕の中では)日本一!!!だし。そして何より、奥さんはこんな僕でも許してくれるしwwwそんな「僕なんぞが・・・」と言いたくなってしまうような、尊敬できる素晴らしい人たちと、こうして時間を過ごせるのは本当に幸せなことだな、とふと思いました。自分が出来ることは本当に小さな小さなことだけれど、少しでも恩返しが出来るように、しっかり頑張らなきゃな!!!とあらためて思いました。これからも、よろしくお願いいたします!!!

運命を越えていけ!

東洋経済の記事でも書いてもらったように、俺が音楽をやっているのは、父親の影響がかなりあると思う。今でも、親父が風呂場でエレキを弾いていた光景を思い出せるし、酔っ払うと大声で清志郎を歌い出すし、ギターを弾ける親父はカッコよかった。チューニングが出来るってだけで、ヒーローだった。そんな親父は、若い頃(大学生くらい?)は、ロックボーカリストとしてモテモテだったらしい。確かに若い頃の写真を見ると、めちゃめちゃイケメン!そして、ロングヘアーで、高音も綺麗に出るボーカリストだったらしく、ちょうど日本がロックブームだったので、まさに時代も味方して、それはそれはモテモテだったのだろうというのは納得できる。だけど、「じゃあ、なんで音楽やめたの?」という疑問が当然わいてくる。それには親父はいつも、「ソフトボール大会で、フライを取ると時に、チームメイトとぶつかって、ちょうど喉に肘が当たって歌えなくなってしまった」と言っていた。これは、いつ聞いても、何度聞いてもこう答えていたから、本当なのかもしれない。でも、真相はどうだったんだろうか。と、思ってしまう。そして、仮に本当だとしても、それはあくまできっかけで、やはり、やめるやめないは"意思"の問題なのではないかと思ってしまう時がある。そう思う理由は、俺自身が、この半年〜1年くらい、ずーーっと、喉の不調を抱えているからだ。歌えないことはないし、聞いてる人からしても、全然わからないくらいには歌えている。だけど、自分の感覚として、「どうも、調子が悪い。」だから、何度も「もう辞めた方がいいのではないか。歌がうまい下手とは別に、肉体的な適正も、才能のあるなしということではないか」と考えることがある。だけど、なぜやめないか。歌を続けているのかというと、おそらく、父親の影響だ。父親は、どこかで自分の才能を、自分で見限ったのだろう。本当はあったかもしらない可能性を、何かしらのきっかけを言い訳に、自ら断ち切ってしまったのだろう。と思うから、自分は、「いい歳こいて」とか「才能ないよ」とか言われようと、体調不良が続こうと諦めない、と思っている。いつしか刷り込まれた、遺伝という思い込みを断ち切って、血という運命に抗って、自分で自分の道を作っていかなければ、と思っている。運命なんか、知ったことか!自分のやりたいことを、やりたいように、やれる限りはやるんだ!と思っている。そして、いつしか、俺を褒めることのない親父が、素直に俺を褒めざるを得ないような男になりたいね!(親父とは仲良しですよ笑)